活動:練成会そして正念場

去る秋晴れの土曜日、練成会に参加致しました。

前文

野尻泰煌先生がご存命中に高天さんが予約していた分のようで、書展中に「やろう!」ということに。奇しくも2019年から1年に2度の練成会と、3度の勉強会をやろうと動き出したばかりでした。

これもなんだか野尻先生の采配のような気さえしてくる。野尻先生は何時も完全にホッとさせないように、終わったら次、終わったら次と、必ず間を詰めて意図的に課題を提供していたからです。

昔その事を指摘すると「さすがマッチャン! 気づいたね。当然そうだよ。人はホッとすると文字通り気が抜けて意識が寸断するからね。そうなったら戻すのは大変だよ。だから絶妙に詰める。矢継ぎ早では気が抜け無い。一瞬だけ休ませる。そしたら次だよ」そう仰っていた。

瞬断

その言葉を聞いた際、劇団時代を思い出した。連日の突貫工事。各々が限界を見ながらの作業。公演は否が応でもやってくる。事故の危険が覆い出す。其処此処で小さなミスが増えるのだ。すると「全員手を止めろ! 今から3分休憩! その場で目を閉じて横になって寝ろ!」と号令がかかる。

当初は「3分!? 嘘だろ! ふざんけんなよ。のび太じゃ無いんだから!」と思ったが、それが如何に大きいか後に思い知る。限界ギリギリでやっていると10分休むと完全に糸が切れてしまい元に戻らなくなる。心身はとめどなく真っ逆さまに下る。ところが瞬間の休憩は心身をリセットする。

野尻先生もそれを実践していた。「完全に休むから駄目なんだ。休みは一瞬でいい。出ないと戻すの大変だよ」と仰っていた。それを師は「地続きで生きる」と言った。もっともその方法は現在日本を覆う超過労時代では危険だ。まずは一旦、完全に疲れをとる必要があるだろう。この方法論は活動と休眠のある程度の周期をえられる業種に限られるであろう。過労は必ず逆襲する。身をもって私は体感している。人間には寧ろ「余」こそが必要なのだ。

概要

日時:2020/10/23sa 晴れ 8:55~16:30(押した>16:55)
場所:鵞毛堂外商部2F・練成会会場
主宰:高天麗舟(麗舟会代表・泰永会副代表)
共催:泰永会、鳳煌会

テーマ

どんな活動でも参加する際は自分なりのテーマを持つことにしている。これは、勤め人時代に講師から教わった。「参加する以上は自分なりのテーマを持たない限り、参加することそのものが時間の無駄になる。なんとなくが一番駄目だ。仕事は暇潰しじゃないんだから」と。以後、私はどんな活動であれ必ずテーマを設け、自分なりの達成度を持つようにしている。

来年の書展のテーマは端的に「臨書と自運の並行」である。なので来年度は臨書と自運を双方出す予定。個我に変化を与えるのは極めて困難である。我というのは想像よりも強く、その変化は思った以上に乏しい。臨書を学書するのは変化を得るためであり、我を打ち消す意味をもつ。

一昨年は野尻先生が私の限界を察し手本を遂に与えた。私は「いえ、自運でやります」と言ったが。「越えられないのマッチャンなら判っているでしょ?」とズバリ言われた。キツイ一言だがその通り。その一言で「解りました」と返事をする。壁を体当たりで越えようとしているのが見えたのだろう。

行書の臨書を同時並行してやるのは無意識に作用させ草書に行意を入れ込みたいという意図がある。あくまで臨書は当て馬として書く。とはいえ出す以上は見せられるものにする必要がある。半紙で若干感触を掴んでいたが条幅や長条幅で書くのは今回初。環境が変わることでの変化にも期待し迎えた。

フォト・ストーリー

  • 近年の状況を鑑み、頭部全体にモザイク処理を施しております。本写真に掲載されている方には写真を提供します。お問い合わせ下さい。人物写真に関しては泰永会会員専用サイトの「泰永会メンバーズ」のフォーラムにて公開予定です。

結果

想像以上に我が強いことを知り驚きました。もういい加減変化してもいい頃だろうに驚くほど以前と変化がない。その下準備はこの数年してきたのに。それでも長年の課題だった覇気は今年以上にあった。そこは幸い。

全ての作品における本質的な価値は「気」にある。それだけにメリットはとても大きい。充分圧が上がっていることは体感出来た。課題は表情と変化。絶望的に乏しい。表情が乏しいと我がより出てしまう。

「今年の作品はなんだったんだ?」と自分に問うたが、「知らんがな」と返ってくる。冷静に分析すると理由は判っている。気を入れるというのは不自然だ。不自然だと硬くなる、硬くなると表情が失われる。自分の得意なテンポになる。表情が無くなるの負の連鎖反応に陥る。

それでも打開策の当たりはつけた。相当に書き込まないと駄目そうだという感触を掴む。方向さえ間違っていなければ本質的な解決策は常に慎重に沢山書く以外にない。

練成会

練成会での旨味は色々あるものの、当練成会場では実際の展示に近い空間で見られるのが最もメリットに個人的には感じている。少し似ているのだ。東京芸術劇場のアトリエイーストに。箱型であること。天井が高いこと。引いて見た際に鑑賞感覚が近い。

正念場

表具した状態はコレに10~良くて20%魅力が加わる程度。本質的な裁定は下った。来年は完全に補助輪が無い状態での書展になる。謂わば、ココで駄目なら先も駄目だと鑑賞者に悪い感触を与えることになるだろう。言うなれば真の正念場は来年だ。

「やっぱり僕がいないと駄目だねぇ~マッチャン」と先生のニヤニヤした顔が浮かぶ。「言われてなるものか!!」と奮起する自分がいる。形見分けに切り取った先生の大きな下敷きが家にある。思いとしては、どこか古い旅館にでも連泊して修行したい気分だ。先生は以前そういうことを将来やりたいと夢を語っていたことを思い出す。

皆さんお疲れ様でした。来年の作品が楽しみです。スタッフの皆様、時間がおしてしまいご迷惑をお掛け致しました。大変失礼致しました。これに懲りず、また宜しくお願いいたします。

 

 

投稿者: 松里 鳳煌

Calligrapher,Novelist,DTP Worker,Type Face Designer. YATAIKI representative. HOKO-KAI representative. Vice president TAIEI-KAI association. GEIMON-KAI members.

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